東京地方裁判所 昭和26年(ワ)353号 判決
原告 中島茂治郎
被告 高松商事株式会社
一、主 文
被告から債務者亀井辰男に対する別紙目録<省略>記載の株式の質権実行による競売は、そのうち二〇〇株(株券番号AT第一一、二〇五号、第一一、〇八五号の一〇〇株券二枚)について、これを許さない。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告の債務者亀井辰男に対する別紙目録記載の株式の質権実行による競売はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、
「被告会社は、訴外亀井辰男に対する数口の約束手形金債権の担保として、同人から原告名義の別紙目録記載の株式につき質権の設定を受けたと称し、その実行のため、昭和二五年一二月二五日、その競売を東京地方裁判所執行吏佐藤卯始夫に委任し、同執行吏は、昭和二六年一月二五日午前一〇時同裁判所執行吏役場に於て右競売を施行する旨を、右株式名義人である原告に通知して来た。しかしながら、原告は、右株式の中一〇〇株券八枚(主文掲記以外の分)を昭和二五年三月一〇日保護預の名目で、同二枚(主文掲記の分)を同年五月二九日に一時預の名目で、それぞれ訴外東立証券株式会社に預けたことはあるが、何人に対してもこれらの株式の上に質権を設定したことはなく、被告が設定を受けたと称する質権は全く原告の関知しないものである。
よつて、原告はその株主権に基き、民事訴訟法第五四九条第一項に従つて、右競売手続の排除を求めるため、本訴請求に及んだ。」と述べ、
被告の主張事実に対し、本件株式のうちさきに訴外会社に預けた一〇〇株券八枚(主文掲記以外の分)についてのみ、原告作成の名義書換のための白紙委任状が附いていたことは認めるが、訴外亀井と被告会社との関係は知らない。その他の被告主張事実は否認する。
原告は昭和二五年三月一〇日訴外東立証券株式会社に保護預の名目で、東京急行電鉄株式会社の株式を預け、その株数は始めは一、二〇〇株であつたところ、同会社はそのうち四〇〇株を原告に無断で他に処分したということを聞いたので、同会社に厳談の末、同会社は原告のため主文掲記の二〇〇株を買い戻し、原告から更にこれを同会社に一時預の名目で預けたものである。而うして初めに預けた一、二〇〇株には、後日株価昂騰の時に指図して他に売却するために、一二枚の(各一〇〇株券につき一枚ずつ)白紙委任状を附けて預けてあつたが、のちに預けた二〇〇株については全然そのような委任状がついていないのみか、原告から同会社に対ししばしばこれらの株式の返還を請求したが、同会社は言を左右にしてこれに応じなかつたものである。
被告会社は右東立証券株式会社と営業所を同じくし、しかも同室で営業して居る関係上、右訴外会社が原告から本件株式を単に預つているのであつて、これを処分する権限のないことを知悉しながら、本件株券の交付を受けた。原告はいくら東立証券株式会社に株券返還を請求しても、同会社がこれに応じないのに不審を抱き、東京急行電鉄株式会社に改印届をしたので、被告会社はこれにつき質権設定を受けたと称し、本件競売委任に及んだものである。従つて仮に被告会社が亀井辰男からこれらの株式につき質権設定を受けたとしても、それについて悪意であり、仮に然らずとするも重大なる過失であつたというべきであるから、本件株券につき質権を即時取得する理由はない。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、
「原告主張事実のうち、被告が原告主張の原告名義の株式について原告主張の競売を委任し、且つ原告主張の通知が原告宛になされたことは認める。その他の事実は知らない。被告は訴外亀井辰男に対し、次のとおりの約束手形に基く債権を有した。
(一) 金額六五〇、〇〇〇円、満期昭和二五年二月二三日、振出の日同年同月二〇日
(二) 金額一一〇、〇〇〇円、満期昭和二五年三月二八日、振出の日同年同月二〇日
(三) その他数口
而うして被告は同人から右各債権担保のため、数種類の株式の上にそれぞれ質権の設定を受けたが、これらの質権は被告と同人との特約で被告の同人に対するすべての債権に共同のものとされていたので、被告会社は、右担保株を処分し、各手形を順次決済して来たところ、現在なお金三二二、五〇〇円の手形債権が残存する。被告会社は原告名義の本件株式のうち、一〇〇株券八枚(主文掲記以外の分)は右(二)の金一一〇、〇〇〇円の約束手形債権の担保として交付を受け、一〇〇株券二枚(主文掲記の分)は被告会社が亀井の委託により昭和二五年五月二〇日訴外大光証券株式会社からこれを一株金五八円(合計金一一、六〇〇円)で買い受け、同月二九日頃これを原告名義に書換を済ませ、且つ右買受代金は前記亀井に対する債権に組み入れた際に、訴外亀井からその担保として交付を受け、それぞれ質権の設定を受けたものである。仮に訴外亀井に右株式の処分権がないとしても、被告会社はそのような事情は全然知らずに本件株券を、右訴外人から株式名義人である原告の正当な名義書換のための白紙委任状附で交付を受けたのであるから、右株式の上の質権を即時取得したものである。被告会社は亀井と従来十数回に亘つて本件同様の取引を行つたが、本件株式以外には、その権利関係に関し争いとなつたものが無いので、原告がこれを預けた事情などについて何等の認識なく、本件株券について質権設定を受けたとしても、被告会社には過失はない。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告名義の別紙目録記載の株式について被告会社から東京地方裁判所執行吏に対し原告主張のような競売の委任がされ、同執行吏から原告主張のような競売期日の通知が原告宛になされたことは、当事者間に争いがない。
而うして、成立に争いのない乙第三号証、証人亀井辰男の証言により真正に成立したものと認める同第一、二号証に証人、亀井辰男、尾関誠一郎の各証言並びに原告及び被告代表者高野宗正の各本人尋問の結果を合せ考えれば、次の事実が認定できる。
原告は昭和二五年三月一〇日頃訴外東立証券株式会社に株式売買取引を委託し、その証拠金代用として原告名義の東京急行電鉄株式会社株式一、二〇〇株(一〇〇株券一二枚)を名義書換のために白紙委任状を一〇〇株券一枚につき一枚合計一二枚附けた上預けたが、その後右株式取引の損失を決済したので、同会社に対ししばしば右株券の返還を請求していた。しかるに右訴外会社の専務取締役であつた亀井辰男は被告会社に対し被告主張のような数口の約束手形に基く債務を負担しており、これらの債務の共同担保として、原告の承諾なしに被告会社に対し、前記のように原告に返還すべきことになつた右株式につき質権を設定し、右株券を白紙委任状共に被告会社に引き渡してあり、しかもそのうち四〇〇株はすでに処分されて亀井の前記債務の一部の弁済に充当されてしまつた。そこで、右処分の事実を聞き知つた原告から訴外会社に厳重に交渉した末、右亀井は被告会社に懇請して昭和二五年五月中主文掲記の二〇〇株を他から買い入れて、原告の名義に書き換えてもらつたが、これもなお亀井の被告会社に対する債務担保のため、被告会社に留置され、これについて質権を設定せしめられた。その結果現在被告会社の手もとには別紙目録記載の一、〇〇〇株につき質権が設定されているが亀井の被告会社に対する債務はなお金三二二、五〇〇円残つているので、これらの債務の弁済のため、質権実行の手続がとられるに至つた。而うして右一、〇〇〇株のうち当初被告に交付されたままの八〇〇株(別紙目録記載の一、〇〇〇株のうち主文掲記の二〇〇株を除く。)については、名義書換のための白紙委任状が附いているが、あとで買い入れてもらつた主文掲記の二〇〇株については、原告から白紙委任状の交付がなく、従つてその添附のないものである。
右のように認定することができ、これを左右するに足る証拠はない。
ところで記名株式の名義人が任意にその株式の名義書換に必要な白紙委任状を作成し、これを株券に添附して流通に置いたときは、爾後善意で且つ重大な過失もなく、この白紙委任状附株券の交付を受けたものは、その交付した者がこれにつき正当の権利を有したものであるかないかを問わず、その株式につき権利を取得するものと解すべきものである。けだし改正前の商法第二二九条第一項によれば株券が無記名のものであるか、或いはそれが裏書できるもので所持人が裏書の連続によつて権利を証明するときに限り、小切手法第二一条同様の保護が与えられるもののように見える。しかしながら一方白紙委任状による記名株式の移転を有効とする商慣習法の存在と、昭和二六年七月一日から施行された改正後の商法第二〇五条第一項が、記名株式の譲渡について、裏書による方法のほか、譲渡証書による譲渡方法を認め、第二二九条の改正において、これについても小切手法第二一条の規定を準用していることをも合せ考えれば、本件のような右商法改正前の白紙委任状附記名株式の移転についても、取得者が悪意又は重過失でこれを取得したものでない限り、前者の無権利にも拘らず、株式上の権利を取得するものと解するのが相当である。原告は、被告会社が原告と訴外会社との関係を知悉しながら本件株券を取得したと主張するが、前掲各証拠を通覧するも、被告がこれらの株券を取得するにつき、これらが原告に返還さるべきものであることを知つていたという事実はこれを窺い知るに困難で、その他被告の本件株券取得につき悪意又は重大なる過失があつたということを認めるに足る証拠はない。
以上の事実によると、別紙目録記載株式一、〇〇〇株のうち主文掲記の二〇〇株を除く八〇〇株は白紙委任状附のものであるから、被告の質権設定は右八〇〇株に関する限り有効になされているので、原告はこれに対する質権の実行の排除を求めることはできないが、主文掲記の二〇〇株については白紙委任状の添附のないこと前記のとおりであるから、即時取得の規定の適用がなく、従つて無権利者である亀井辰男から質権設定を受けた被告は、右株券上に有効に質権を取得したものと言うことはできない。してみれば被告会社の本件質権実行は右二〇〇株の限度において不法であつて、これが排除を求める原告の請求は理由があるが、その余は理由がないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 入山実)